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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4107号 判決 2000年10月25日

平成七年(ワ)第四一〇七号 損害賠償請求事件(第一事件)

同第一七六五五号 損害賠償請求事件(第二事件)

第一事件原告、第二事件被告(以下「原告」という。)

株式会社 稲葉製作所

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

吉永満夫

第一事件被告、第二事件原告(以下「被告会社」という。)

有限会社 サンテク

右代表者取締役

【B】

第一事件被告、第二事件原告(以下「被告【B】」という。)

【B】

被告ら訴訟代理人弁護士

石原英昭

主文

一  被告会社は、原告に対し、金六六万二三二五円及びこれに対する平成六年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告会社に対するその余の請求及び被告【B】に対する請求を棄却する。

三  被告らの原告に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを六分し、その四を原告の負担とし、各一を被告らそれぞれの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

【第一事件】

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金一四四〇万四二二八円及びこれに対する平成六年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社は、原告に対し、金九一万四六〇〇円及びこれに対する平成六年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

【第二事件】

一  原告は、被告会社に対し、金一〇三三万八四六一円及びこれに対する平成七年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告は、被告【B】に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成七年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

【第一事件請求一―――不法行為及び債務不履行】

一  請求原因

1  不法行為

(一) 経緯

被告【B】は、株式会社神中商会(以下「神中商会」という。)から営業権の譲渡を受け、「神中商会ピタック」との標章(以下「本件標章」という。)を付した配線用接着留金具の製造販売を目的として、平成四年四月一七日被告会社を設立し、その取締役に就任した。

その企画の段階で、配線用接着留金具の商品として定評があり、かつ現に抱えている注文に応じられる能力を有するメーカーとしては原告以外にないため、被告らは仕入先として原告を選択することとした。

しかし、神中商会は原告と競業関係にあり、しかも本件標章を付した商品を販売することを原告に伝えれば、原告の協力を得られないことは明らかであった。

そこで、被告【B】は、前記の意図を隠して原告に接近し、次のような不法行為を行った。

(二) 欺罔行為

(1) 被告【B】は、平成四年三月上旬ころ、真実は、自ら留金具を製造販売し、かつ、本件標章を付して留金具を販売する意図があったにもかかわらず、この事実を隠し、原告に対し、「神中商会はピタックの製造を止めた。既にある在庫は自分で引き取ることにしたが、在庫整理が終わった後は、原告のピタック一本に絞って商売をしたい。神中商会のピタックは使用しない。」と虚偽の事実を申し向け、その旨原告を誤信させ、原告との間で留金具等の商品の取引を開始させた。

(2) 被告【B】は、平成五年中ころ、原告工場内への立入りが認められていたことを利用して、原告工場内で原告製品の製造方法を逐一検分し、これを真似して四個取り金型をプレス工場に発注し、留金具の製造を企画したが、この事実が原告に知れた。原告が、被告【B】に対し、抗議して取引中止を申し入れたところ、被告【B】は、真実は留金具の製造を開始するつもりであったにもかかわらず、その意図を隠し、「迷惑をかけて申し訳ない。自分は、製造メーカーにはならない。」と虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した原告に、留金具等の商品の納入を続けさせた。

(3) 被告【B】は、日時は定かでないが、原告からサンプル台紙を受領するや、その上部に印刷されている原告の会社名、住所、「ピタック」との標章の部分を切り取り、サンプル部分のみを取引先である熊野紙業に配布した。これは、原告にとって重要なサンプル台紙を原告の承諾なく毀損した不法行為に当たる。

(三) 損害

前記欺罔行為により、原告は、以下のとおり合計一四四〇万四二二八円の損害を被った。

(1) 原告は、被告会社に対し、平成四年四月一四日から平成六年一月二六日までの間、配線用接着留金具合計三六六一万四六〇六円分を納品した。原告は、被告会社に通常よりも有利な価格で販売したのであり、右継続取引によって、原告がどの程度損害を被ったかを直接主張することは困難である。そこで、商標等の使用についての許諾料が通常販売価格の三ないし五パーセントであることとの対比から、本件は不法行為の事案なので、これを約三倍した一〇パーセントの割合を前記販売額に乗じた三六六万一四六〇円が、原告の被った損害であると解すべきである。

(2) 原告は、被告【B】に対し、サンプル台紙二五三枚を無償で提供した。

右台紙の価格は、一枚一〇七六円であるから、二五三枚分で二七万二二二八円となる。

(3) 原告は、被告【B】に対し、カタログ三〇〇枚を無償で提供した。

右カタログの製造単価は一枚七二円五〇銭であるから、三〇〇枚分で二万一七五〇円となる。

(4) 原告は、被告らから、注文があり次第納品できるようにしてもらいたいとの要請を受けて、商品(P-23M、P-23MCB、P-20MCB、P-20C、P-28CB)四〇万九九〇〇円分を製造したが、在庫として残ってしまった。

(5) 被告らからの注文に応じるため、原告は、スミチューブ(特注品に施す絶縁体)三万八八九〇円分を準備したが、在庫として残ってしまった。

(6) 被告らによる原告の留金具製造のノウハウの盗取、被告らの要望に応じたことによる負担、被告らの行為に翻弄されたことによる原告の運営への支障を慰謝するには、慰謝料一〇〇〇万円が相当である。

(四) よって、原告は、被告【B】に対しては民法七〇九条に基づき、また、被告会社に対しては民法四四条一項に基づき、請求の趣旨第一項記載の金員の支払を求める。

2  債務不履行

(一) 契約締結

原告と被告会社は、平成四年四月一七日に被告会社が設立されると同時に、次のとおりの内容を有する配線用留金具の継続的商品供給契約を締結した。

(1) 被告会社は、神中商会の在庫整理が終わった後は、原告の製造した配線用留金具ピタックのみを販売する。

(2) 被告会社は、配線用留金具を製造しない。

(3) 被告会社は、原告以外から配線用留金具を購入しない。

(4) 被告会社は、本件標章を、年賀葉書を含め、使用しない。

(二) 契約違反

被告会社は、以下のとおり、平成四年夏ころから配線用金具の製造を開始し、本件標章を使用してこれを販売し、さらに、平成六年正月用の年賀葉書に、本件標章を印刷し、これを得意先に配付した。

(1) 被告会社は、平成四年九月ころから、「製造・発売元有限会社サンテク」と印刷された薄茶色の包装箱に、原告から仕入れた商品「SP-23」を一箱当たり三〇〇個詰めて、これを北辰産業株式会社に納品した。

(2) 被告会社は、日時は定かでないが、原告商品である「P-25」に相当するトーワタイプの商品を製造し、これを二宮産業株式会社に納品した。

(3) 被告会社は、日時は定かでないが、本件標章を付した化粧箱を製造し、その中に右「P-25」に相当するトーワタイプの商品を詰めて、これを販売した。

(4) 被告会社は、平成六年の年賀状に本件標章を印刷して、これを得意先に配布した。

(三) 損害

前記1(三)と同じである。

(四) よって、原告は、被告会社に対し、債務不履行に基づき、請求の趣旨第一項記載の裁判を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(不法行為)について

(一) 同(一)のうち、被告【B】が、神中商会から営業権の譲渡を受け、本件標章を付した配線用接着留金具の製造販売を目的として、被告会社を設立し、その取締役に就任したことは認める。その余は否認する。すなわち、被告【B】が本件標章を付した留金具の販売を目的として被告会社の設立を企図したこと、原告の協力がない限り留金具の販売ができないこと、原告から特に廉価で商品を仕入れることができたことについてはいずれも否認する。

(二) (1) 同(二)(1)のうち、被告【B】が、平成四年三月上旬ころから、原告に対し、神中商会は留金具の製造を止めた旨、及び自ら配線用接着留金具を製造するつもりがなく、専ら原告が製造した留金具を販売したい旨を伝えたことは認めるが、その余は否認する。

原告が取引を一方的に打ち切ったため、被告【B】は、やむを得ず、自ら配線用接着留金具を製造し、本件標章を付して留金具を販売したのであり、被告【B】が原告に伝えた内容に虚偽はなかった。また、これは被告らの方針にすぎず、契約内容となるものではない。

(2) 同(二)(2)は否認する。

なお、そのころ、原告が被告【B】と約束した化粧箱へのシール貼りを取りやめたり、被告らの顧客に直接接触するなどの動きがあったため、神中商会の【C】社長に話をしたところ、同人は、原告が突然製品の出荷拒否の挙に出ることがあるかもしれないことを心配し、いつでも製造を再開できるように、スクラップにするため手元に置いておいた金型の使用準備をしていた事実があった。もっとも、被告【B】は、【C】社長がそのような行動をとっていることは知らず、後日原告からその話を聞き、【C】社長に中止を要請した。

(3) 同(二)(3)は否認する。

(三) 同(三)は否認する。

同(1)は、何の請求の根拠もない。同(2)ないし(5)は、いずれも原告が被告らに対する出荷を一方的に停止したことによるものであり、被告らの責任ではない。しかも、サンプル台紙、カタログは、受け取った枚数が違う上に、原告はこれらを平成五年に新しいものに切替えているから、被告らにこれらを渡したことが損害になるはずがない。同(6)は、被告らが原告のノウハウを盗んだという事実は全くなく、逆に被告【B】が原告に対し製品の爪の型やテープの貼り方を指導し、新しい機械や品質管理のための計測器の導入等を進言したのであり、原告にはノウハウはなかった。

2  請求原因2(債務不履行)について

(一) 同(一)は否認する。被告会社の設立後、原告と被告会社間で継続的な商品取引が始まったが、原告の主張するような約定が付されていたことはない。

(二) 同(二)のうち、被告会社が、平成六年正月用の年賀葉書に本件標章を印刷し、これを得意先に配付したことは認め、その余は否認する。

被告会社が平成四年夏ころから配線用金具の製造を始めたことはないし、本件標章を使用してこれを販売したこともない。ただ、平成六年二月二日に原告から一方的に留金具の納入を拒絶された後に、神中商会が留金具の製造を再開し、被告会社がこれを購入して、第三者に販売するようになり、本件標章を付した包装箱を一時使用したことがあるにすぎない。また、年賀葉書の配付の点は、何ら契約違反ではない。

(三) 前記1(三)のとおりである。

【第一事件請求二―――売買代金請求】

一  請求原因

1  原告は、被告会社に対し、平成六年一月一日から同月三一日までの間、支払日を同年二月二八日として、配線用接着留金具を合計一七六万六三三一円分売り渡した。

2  被告会社は、右代金のうち八五万一七三一円を支払ったのみである。

3  よって、原告は、被告会社に対し、右残代金九一万四六〇〇円及び弁済期の翌日である平成六年三月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

認める。

三  抗弁(相殺)

第二事件関係の「一、請求原因、1、債務不履行」記載のとおり、被告会社は、原告の債務不履行により、合計一二五万三〇六一円の損害を被り、このうち九一万四六〇〇円の損害賠償請求債権をもって、原告の請求権と相殺する旨意思表示を、本件口頭弁論期日において行った。

四  抗弁に対する認否

否認する。

【第二事件】

一  請求原因

1  債務不履行

被告会社は、原告から継続的に留金具の供給を受ける旨の契約を原告と締結していたが、次のとおりの原告の債務不履行により、合計一二五万三〇六一円の損害を被った。このうち九一万四六〇〇円は、前記相殺の用に供したため、残額は三三万八六四一円である。

(一) 原告は平成六年一月五日及び一一日、被告会社に対し、熊野紙業株式会社(以下「熊野紙業」という。)向けの留金具PH-25二〇万個を納品した。

これについては、当初から原告被告間で規格を決め、それに従った製品が納められていたのに、原告は右二回の納品分のうち一〇万二〇〇〇個について被告会社に無断で規格を変更して、爪の立つ角度を従前の物より大きくして納品した。PH-25は、熊野紙業からさらに第三者に納品される製品であり、その間に種々の製品が添加され包装もされるため、規格外の製品は使用できない。被告会社は、爪が立てられたことを知らないまま熊野紙業に納めたため、同社は混乱に陥り、このため被告会社は熊野紙業からその売上金三九万五七六〇円の支払を断られ、同額の損害を被った。

(二) 原告は、平成六年二月二日、被告会社に対する製品の供給を停止した。継続的供給を打ち切る場合には信義則上被告会社が相応の準備ができる期間前に通告をすべきであるのに、これを怠り、突然商品の供給を拒絶した。

右供給停止により、被告会社が被った損害は以下のとおりである。

(1) 同日までに被告会社から発注済みで結局納品されなかった製品は、別表のとおりである(被告会社は、これらの製品を遅くとも同年一月一九日までに発注していた。)。右原告の不履行により、被告会社はこれを転売できず、得べかりし利益二五万二二七五円を失った。

(2) 被告会社は、留金具PH-25を原告から単価三円五〇銭で仕入れることができることを前提として、熊野紙業に対し単価三円八八銭で三〇万個を売る契約をしていた(ただし、原告には未発注であった。)が、原告の突然の供給停止のため、有限会社トーワから、同等の商品を、割高な価格で、購入して熊野紙業に納入せざるを得なかった。これにより製品一個当たり八〇銭、三〇万個で二四万円の余分な出費を強いられた。

(3) 被告会社は、原告の供給停止により、平成六年二月二日に熊野紙業に納入すべきPH-25二〇万個について、納入できなかった。その結果、その後被告会社が熊野紙業から注文を受けて納品した三〇万個の製品について、本来熊野紙業がすべき作業(留金具をポリ袋に入れホチキスで二個所留めるもの)を被告会社でするように要求され、被告会社はやむなくこれを第三者に依頼したため、合計二七万七六五〇円を支払わざるを得なかった。

(4) 被告会社は、原告製品の販路を拡大するため顧客に配るサンプルとして、平成六年一月一三日、原告から留金具P-28を五〇個、PF-30を五〇個、P-30を四〇〇個、合計三五七〇円で買い受けたが、その直後に継続的取引を打ち切られたため、無駄な出費となった。

(5) 被告会社は、原告の供給停止のため、仕入価格八万三八〇六円分の在庫品を他に転売できなくなり、損害を被った。

2  被告会社に対する不法行為

前記のとおり、原告から突然出荷を停止され、顧客に対する納期が守れない等の混乱が生じたこと、被告らが原告の技術を盗んだとか、被告らの経営状態が悪化していると言い触らされたこと、原告が不正な手段を用いて被告会社の顧客を奪ったこと等により、被告会社の業務が妨害され信用が失墜した。これにより被告会社は一〇〇〇万円の損害を被った。

3  被告【B】に対する不法行為

被告【B】は、被告会社の代表者であるところ、前記のとおり、原告から突然出荷を停止され、個人的にも原告により誹謗中傷されたことにより、被告【B】の名誉、信用が損なわれ、五〇〇万円の損害を被った。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

原告が、被告会社に対して継続的に留金具を供給する旨の契約を被告会社と締結していたことは認める。

(一) 同(一)のうち、原告が平成六年一月五日及び一一日に熊野紙業向けの留金具PH-25二〇万個を納品したことは認めるが、原告被告間で規格が決められていたこと、原告が被告会社に無断で規格を変更したこと、熊野紙業が混乱に陥ったこと、被告会社が損害を被ったことは否認する。

PH-25はもともと爪の立つ角度が低かったが、被告との取引開始の際、被告から角度をもう少し高くして欲しい旨口頭での要請があったので、少し高くして納品した。平成六年一月上旬、被告から再度要請を受け、原告は適宜爪を高くして出荷した。しかし、被告は原告に苦情を申し入れたこともないし、熊野紙業も爪を低くして利用したにすぎない。被告は熊野紙業から代金の支払いを受けている。

また、被告は、商法五二六条に基づく通知を遅滞なくしていないから、原告は責任を免れる。

(二) 同(二)のうち、被告が発注済みで納品しなかった製品が別表のとおりであることは認め、その余は否認する。原告は従前の特価では納品できないと申し入れたのであり、この申入れは正当である。

また、被告【B】は、原告との取引を開始する際に、自らは製造しないことや本件標章を使わないことを約束した。ところが、被告【B】は、四個取り金型の製造に着手し、このことが原告に発覚して原告に謝罪した。さらに、被告【B】は、本件標章を年賀状に印刷して、原告の信頼を裏切った。したがって、原告が納品を拒否したことは、当然であり、違法性がない。

2  請求原因2、3について

否認する。

納品拒否に違法性がないことは、前記1(二)のとおりである。

第三裁判所の判断

【第一事件請求一―――不法行為及び債務不履行】

一  請求原因1(不法行為)について判断する。

原告は、被告【B】が、平成四年三月上旬ころ及び平成五年ころ、真実は、自ら留金具を製造販売し、本件標章を付して留金具を販売する意図があったにもかかわらず、原告に対し、自らは留金具を製造販売せず、かつ、本件標章を付して留金具を販売しない旨の虚偽の事実を申し向け、その旨原告を誤信させ、留金具等の商品の取引を開始させ、又は継続させた行為が不法行為を構成する旨主張する。

確かに、平成四年三月上旬ころ、被告【B】が、原告に対し、本件標章を使用していた神中商会が留金具の製造を中止したこと、及び自らは配線用接着留金具を製造するつもりがなく、原告の製造に係る留金具を販売したいこと等を伝えたことは当事者間に争いがない(これに対し、全証拠によるも平成五年に、被告【B】が、そのような発言を繰り返したことを認める事実は認められない。)。

しかし、弁論の全趣旨によれば、被告会社は、被告【B】が原告に発言したとおり、実際に、平成四年四月ころから平成六年一月ころまでは、原告に対して継続的に留金具を購入してきたこと、その間は、被告会社において製造したり、第三者に製造させたりしたことはなかったこと、平成六年二月二日に至って、原告から留金具の納入を拒否されたため、被告会社は、急遽、神中商会の製造に係る留金具の購入を開始したこと、原告と被告らとの間の留金具の取引において、相互に独占的な製造、販売を特約したことはないことが認められ、これを覆す証拠はない。右の経緯に照らすならば、平成四年三月上旬ころ、被告【B】が、留金具を自ら製造するつもりがない旨発言したことが不法行為に該当すると解することはできない。

また、原告は、原告から受領したサンプル台紙の一部を切り取って取引先に配布したことが不法行為に当たると主張する。しかし、このような行為によって、原告の何らかの法的利益が侵害されたと解することはできず、結局、右行為が不法行為に該当するとの原告の右主張は採用の限りでない。

以上のとおり、請求原因1(不法行為)の主張は理由がない。

二  請求原因2(債務不履行)について判断する。

原告は、原告と被告会社が、平成四年四月一七日、①被告会社は、神中商会の在庫整理が終わった後は、原告の製造した配線用留金具のみを販売する、②被告会社は、配線用留金具を製造しない、③被告会社は、原告以外から配線用留金具を購入しない、④被告会社は、本件標章を、年賀葉書を含め使用しない、と特約をした上で、配線用留金具の継続的商品供給契約を締結した旨主張する。

確かに、前記のとおり、被告【B】が、原告に対し、自らは配線用接着留金具を製造するつもりがなく、専ら原告が製造した留金具を販売したい旨を伝えたことは当事者間に争いはない。しかし、原告と被告会社との間における留金具の取引契約については、契約書が作成されたわけではないこと、原告と被告会社との間で発注額に関する最低額すら取り決められていないこと等の経緯に照らすならば、前記①ないし④の特約が原告、被告会社間において合意されたと認めることは到底できない。

さらに、仮に、配線用留金具の製造販売及び年賀状への本件標章の使用という債務不履行があったとしても、その結果どのような損害が生じたかは主張自体においても明らかではなく、結局、債務不履行と損害との間の因果関係を認めることもできない。

以上のとおり、請求原因2(債務不履行)の主張は、採用できない。

三  したがって、第一事件の請求の趣旨第一項に係る原告の請求は理由がない。

【第一事件請求二―――売買代金請求】

一  請求原因事実は当事者間において争いがない。したがって、原告は被告会社に対して、九一万四六〇〇円の売買代金請求権を有したことになる。

二  相殺の抗弁について判断する。後記第二事件関係の請求原因1(債務不履行)に関する判断のとおり、被告会社は原告に対して二五万二二七五円の損害賠償請求権を有することが認められるので、原告の被告会社に対する売買代金請求権は相殺により、右の範囲で消滅した(なお、相殺適状が生じたのは、平成六年二月二八日である。)。

したがって、原告の被告会社に対する請求は、六六万二三二五円及びこれに対する平成六年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

【第二事件】

一  請求原因1(債務不履行)について判断する。

1  同(一)について、被告会社は、原告から被告会社に納品される留金具について、爪の立つ角度について両者間で規格が定められていたのに、原告が突然規格を変更して納品した旨主張する。しかし、両者間で具体的に右の点について規格が定められていたこと、及び原告がこれに違反する商品を納品したことを認めるに足りる証拠はない。

2  同(二)について、被告会社は、原告と被告会社間には留金具に関する継続的供給契約が締結されていたところ、原告が平成六年二月二日に突然被告会社に対する製品の供給を停止し、同年一月一九日までに被告会社から受注済みであった別表のとおりの商品を納品せず、その結果、被告会社は得べかりし利益二五万二二七五円分の損害を被った旨主張する。

原告と被告会社間には留金具に関して継続的に取引がされていたこと、原告は、同年一月一九日までに被告会社から注文を受けたにもかかわらず、平成六年二月二日に突然供給を停止したこと、原告が納品をしなかった製品は別表のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。したがって、原告の右行為は債務不履行に当たることは明らかである。

これに対して、原告は、被告会社が、平成四年夏ころから配線用金具の製造を開始し、本件標章を使用してこれを販売したこと、平成六年正月用の年賀葉書に、本件標章を印刷し、これを得意先に配付したこと等の被告会社側の債務不履行行為があったため、納品を停止したのであって、納品の停止には正当事由がある旨反論する。しかし、前記のとおり、本件全証拠に照らしても、原告の主張に係る債務不履行の事実があることを認めることはできないから、この点についての原告の主張は理由がない。

そこで、原告の被った損害について検討する。

弁論の全趣旨によれば、被告会社は転売により得べかりし利益二五万二二七五円分の損害を被ったことが認められる。

また、被告会社は、原告から留金具の継続的供給があると予想して、留金具の転売を熊野紙業と約束していたところ、平成六年二月二日に原告が突然供給を停止したため、割高な商品を購入して熊野紙業に納入せざるを得なかった旨主張する。しかし、右転売予定分について、被告会社は原告に対してまだ発注はしていなかったのであるから、原告の供給停止と割高な商品の購入との間に因果関係があるとはいえない。被告会社の右主張は採用できない。

さらに、被告会社は、①熊野紙業から特別の作業を求められたこと、②原告から購入したサンプル品を使用できなくなったこと、③在庫品が転売できなくなったことにより、損害が生じたと主張するが、本件全証拠によるも、これらの事実を認めることはできず、被告会社の右主張は採用できない。

したがって、被告会社は、原告に対し、債務不履行により二五万二二七五円の損害賠償請求権を有することになる。右全額が相殺の意思表示により消滅したことは、前記第一事件の請求二に関する理由記載のとおりである。

二  請求原因2、3(不法行為)について判断する。

被告会社は、①原告が突然出荷を停止して、混乱を生じさせたこと、②原告が、被告らに技術を盗まれた、被告らの経営状態が悪化していると言い触らしたこと、③原告が、不正な手段を用いて被告会社の顧客を奪ったことは、被告会社に対する不法行為を構成する旨主張する。また、被告【B】は、原告が、突然出荷を停止したり、誹謗中傷したことにより、被告【B】の信用及び名誉を毀損したので、被告【B】に対する不法行為を構成する旨主張する。しかし、本件全証拠によるも、右主張に係る事実があったことを認めることはできない。

【結論】

以上のとおり、原告の請求は、第一事件の請求の趣旨第二項に係る請求のうち、六六万二三二五円及びこれに対する平成六年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 沖中康人 裁判官 石村智)

<以下省略>

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